注:大末建設のROE、PBR、PERは2025年10月17日時点のYahoo Financeデータを基にし 13、営業利益率は2024年3月期決算短信 16 に基づく。他社データは各社財務情報 17 等を参照。データ時点のばらつきに注意が必要だが、傾向を把握するために記載。
この表が示す通り、大末建設のROEや営業利益率は、錢高組を除き、主要な同業他社に見劣りする。同社の低PBRは、業界全体の傾向ではなく、自社の資本効率の低さに起因する固有の問題であることを示唆している。逆に言えば、資本効率を同業他社並みに引き上げることさえできれば、株価には大きな上昇余地が生まれる。
B/Sの「宝の山」:眠れる過剰資本
2024年3月期の連結貸借対照表によれば、大末建設は総資産591億円に対し、純資産225億円、自己資本比率は38.2%である 15。しかし、有利子負債は僅少であり、実質的に無借金経営に近い。これは、財務の健全性と言えば聞こえは良いが、裏を返せば成長投資や株主還元に活用されるべき資本を遊ばせている「資本の非効率性」の証左である。
特に問題視すべきは、過剰な現預金と政策保有株式である。詳細な内訳は最新の有価証券報告書で精査する必要があるが、過去には投資有価証券の売却も行っているものの 23、依然としてバランスシートには非効率な資産が滞留している可能性が高い。これらの資産がこれまで積極的に活用されてこなかった背景には、安定を最優先し、リスクを取ることを極端に嫌う経営陣の保守的な姿勢がある。取引先との関係維持を名目とした政策保有株式は、まさにその「しがらみ」の象徴であり、資本コストの概念が経営に浸透していないことを物語っている。
興味深いのは、fundnoteが大量保有報告書を提出する直前の2024年2月に、大末建設が新たな中長期経営計画を発表している点である 24。この計画では、2030年度までにPBR1倍以上、ROE10%以上という目標が掲げられている。また、株主還元方針も従来の「配当性向50%以上」から「総還元性向50%以上かつDOE(株主資本配当率)4.0%以上」へと強化された 25。
このタイミングでの発表は、東証からのPBR改善要請という外的要因に加え、既に行動を開始していたfundnoteの圧力を経営陣が感じ取っていた可能性を強く示唆する。これは、経営陣が自発的にではなく、外圧によってのみ重い腰を上げる体質であることの裏返しである。彼らが提示した2030年という悠長な目標達成時期は、株主価値最大化へのコミットメントが欠如している証拠であり、我々のような投資家にとっては、より迅速かつ大胆な改革を要求する絶好の介入機会となる。
3.2. 経営・ガバナンス:変革を妨げる「しがらみ」と「内向きの論理」
経営陣の構成と内向きの論理
大末建設の経営課題の根源は、その取締役会の構成と、それによって育まれた内向きな企業文化にある。代表取締役社長の村尾和則氏は、1988年の入社以来、一貫して同社に籍を置く生え抜きの技術者である 26。現場からの叩き上げであることは、オペレーションの深い理解という強みを持つ一方で、外部の視点、特に資本市場の論理を取り入れた経営改革を断行するには障壁となり得る。
取締役会には、旧三和銀行(現三菱UFJ銀行)出身者など金融機関出身者も見られるが 27、これは伝統的なメインバンクとの関係を維持するためのものであり、アグレッシブな資本政策やM&Aを主導する役割を期待するものではない。むしろ、こうした構成は、財務規律を過度に重視し、リスクテイクを抑制する方向に作用してきた可能性が高い。経営陣の論理は、株主資本の最大化ではなく、企業の永続性、従業員の雇用維持、取引先との関係維持といった「ステークホルダー資本主義」に偏っており、これが資本効率の低下を招く根本原因となっている。
形骸化するガバナンス
同社は、任意の諮問委員会として「指名諮問委員会」および「報酬諮問委員会」を設置している 28。両委員会ともに社外取締役が過半数を占める構成は、形式的にはガバナンス・コードの要請に応えるものである。しかし、その実効性には大きな疑問符が付く。
最大の問題は、取締役の指名という極めて重要な意思決定に関わる指名諮問委員会の委員長を、代表取締役社長自身が務めている点である 28。これは明らかな利益相反であり、経営陣の自己都合による取締役候補者の選任を可能にし、取締役会の監督機能を著しく損なう構造的欠陥である。報酬諮問委員会の委員長が社外取締役である点は評価できるが、全体として、これらの委員会は経営陣の決定を追認するための「お墨付き」機関として機能している可能性を否定できない。これは、ガバナンス改革が「形式」に留まり、「実質」が伴っていない典型例である。
3.3. 事業・マクロ環境:業界構造変化と受動的なポジション
「競争優位性」という幻想
大末建設は、自社の強みとして大手デベロッパーとの関係に支えられた「マンション建築」を挙げる 14。確かに、これは安定的な受注をもたらす事業基盤である。しかし、これを「競争優位性」と呼ぶことには大きな違和感がある。マンション建設市場は、価格競争が激しく、利益率は強力な交渉力を持つデベロッパーによって常に圧迫される。この事業は、高いROEを生み出す源泉とはなり得ず、むしろ資本を滞留させる一因となっている。
同社自身もこの問題を認識しており、新中計では不動産開発や土木事業といった高収益ポートフォリオの拡充を掲げている 24。これは、主力のマンション事業の収益性に限界があることを自ら認めたに等しい。しかし、その戦略は具体性に欠け、目標達成への道筋は不透明である。
再編のチェス盤:無防備なキング
日本の建設業界は、「2025年問題」と呼ばれる構造変化の渦中にある 29。団塊世代の大量退職による深刻な人手不足、後継者難に喘ぐ中小企業の増加、そして資材価格の高騰は、業界全体の再編を不可避なものとしている 31。M&Aは、もはや成長戦略の一環ではなく、生き残りのための必須条件となりつつある 34。
この業界再編という「チェス盤」の上で、大末建設は極めて魅力的な駒である。潤沢なネットキャッシュと健全な財務基盤を持つ同社は、買収する側(アグレッサー)となるポテンシャルを秘めている。しかし、現経営陣の保守的な姿勢は、同社を自ら動く「クイーン」や「ルーク」ではなく、外部からの介入を待つだけの「無防備なキング」にしてしまっている。そのクリーンなバランスシートは、業界再編を狙う大手ゼネコンやプライベート・エクイティ・ファンドにとって、格好の買収ターゲット(プラットフォーム)となる。
追い風と向かい風の転換
人手不足や資材高騰といったマクロ環境の「向かい風」は、見方を変えれば、投資戦略にとって強力な「追い風」となる。これらの外部圧力は、旧態依然とした経営モデルの限界を露呈させ、現状維持という選択肢を許さなくする。経営陣は、DX投資やM&Aによる規模の経済の追求といった、これまで避けてきた大胆な意思決定を迫られる。この環境変化は、fundnoteのような株主が経営改革を要求する際の論理的な支柱となり、エンゲージメント活動の正当性を高めるものである。
大末建設への投資は、我々が過去に成功を収めてきた投資パターンと完全に一致する。「資本効率が低く、ガバナンスに課題を抱える企業に注目し、特定の触媒(カタリスト)によって価値が顕在化する」という我々の成功方程式が、今回も通用すると確信している。
過去の成功事例と同様に、大末建設は潤沢な資産(ネットキャッシュ、政策保有株)を持ちながら、それを有効活用する経営の意思と能力を欠いている。ROEの低迷とPBRの低位安定がその証拠である。そして、今回、fundnoteという極めて強力な「触媒」が登場した。彼らの存在は、眠れる価値を強制的に覚醒させる引き金となる。我々は、この触媒が引き起こす化学反応に乗り、市場が同社の真の価値を再評価する過程で、非対称なリターンを獲得することを目指す。これは、我々が最も得意とする投資の再現である。
以上の分析に基づき、大末建設の企業価値を最大化するため、以下の段階的なアクションプランを提案する。
短期(〜1年):即時的な資本規律の確立とガバナンスの正常化
大規模な自己株式取得の要求: 政策保有株式の即時売却と手元資金を原資として、発行済株式総数の15%〜20%に相当する大規模な自己株式取得(総額100億円〜150億円規模)の実行を強く要求する。これは、過剰資本を解消し、一株当たり利益(EPS)とROEを直接的に向上させる最も効果的な手段である。
増配と累進配当の導入: 新たな還元方針(DOE 4.0%以上)を評価しつつも、これを下限とし、安定的なキャッシュフローを背景とした「累進配当政策」の導入を求める。これにより、株主への長期的なコミットメントを示させ、株価の下方硬直性を高める。
指名諮問委員会の正常化: 代表取締役社長が委員長を務める現体制の即時是正を要求する。委員長を独立社外取締役とし、資本市場の論理を理解する新たな独立社外取締役(我々が推薦する候補者を含む)を選任するよう働きかける。
IR活動の抜本的改革: 資本市場との対話を軽視する姿勢を改めさせ、定期的な機関投資家向け説明会の開催、経営指標(特に資本コストとROIC)に関する詳細な情報開示を要求する。
中期(1〜3年):事業ポートフォリオの最適化と戦略的再編
戦略的選択肢の包括的レビュー: 正常化された取締役会の下で、企業価値最大化の観点から、あらゆる戦略的選択肢(事業売却、同業他社との経営統合、身売りを含む)を検討する「戦略検討委員会」の設置を要求する。
事業ポートフォリオの再構築: 全事業をROIC(投下資本利益率)の観点から評価させ、資本コストを上回るリターンを生み出せない不採算事業や低収益事業からの撤退・売却を断行させる。特に、収益性の低いマンション建築事業への過度な依存を見直し、捻出した資本を高収益事業(不動産開発等)へ再配分させる。
M&A戦略の具体化: 業界再編の好機を捉え、技術力や特定の地域に強みを持つ企業の買収を積極的に検討させる。その際、買収が財務規律を緩め、ROEを希薄化させることがないよう、厳格な投資基準の設定を求める。
大末建設に着目した核心的な理由は、同社が「物言う株主」という強力な触媒の登場によって、長年の「バリュー・トラップ」から脱却し、価値創造サイクルへと移行する転換点に立っていることであり、その最大の根拠は、fundnoteによる13%超の株式取得という、後戻りのできない形で経営改革への圧力が可視化された事実である。
この投資の成否を分ける最大の変数(Key Variable)は、**現経営陣が株主からの圧力に対して、建設的な対話を通じて変革を受け入れるか、あるいは保身のために徹底抗戦を選ぶかという「経営陣の対応姿勢」**であり、想定される最大のリスクは、経営陣が非協力的な態度に終始し、価値創造プロセスが委任状争奪戦(プロキシーファイト)などの長期的かつコストのかかる対立に発展することで、時間価値が毀損され、リターンの実現が大幅に遅延、あるいは阻害されることである。